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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)1593号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金六二五万円及びこれに対する平成二年一〇月一七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一〇七五万円及びこれに対する平成二年一〇月一七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等(証拠により認定した部分は括弧内に証拠を摘示した)

1  興人株式会社(以下「興人」という)は、昭和五九年一月二六日、資本金二〇〇万円で設立され、事業目的は、紳士用、婦人用衣料品の卸売並びに輸出入業務の代行であり、代表取締役は落合英夫(以下「落合」という)、所在地は大阪市中央区瓦町四丁目三番一四―五〇一号であった。

2  興人は、資金繰に窮し、平成二年七月三一日に第一回目の、同年八月二〇日に第二回目の各手形不渡を出し、銀行取引停止処分を受けた(甲一四、証人落合英夫)。

3  興人は、同年八月二四日、大阪地方裁判所に自己破産の申立をし、同年九月四日午前一〇時、破産宣告を受けるとともに、原告が破産管財人に選任された(同庁平成二年(フ)第四四七号事件)。

4  被告は、興人からジョルジオ・アルマーニのスーツ八六着(以下「本件スーツ」という)の返還を受けた(返還の日及びその法的性格につき争いがある)。

二  原告の主張

1  被告は、平成二年八月三日ころ、興人が平成二年七月三一日に手形の不渡を出し、支払を停止したのを知りながら、自己の興人に対する売掛残を減らす意図の下に、前記本件スーツ八六着の代物弁済を受けた。

右は、破産法七二条一号、二号、四号に該当するので、原告は右代物弁済を否認する。

本件スーツは、単価一二万五〇〇〇円相当のものであり、合計一〇七五万円の価値がある。

よって、原告は、被告に対し、本件スーツの価格相当額の金員(本件スーツはファッション性が高く返還を受けても流行遅れになっている)及びこれに対する代物弁済の日の後で、原告が被告に対し、本件スーツの返還を求める意思表示が到達した日から五日間を経過した平成二年一〇月一七日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  (被告の主張1に対する反論)

本件スーツは、被告から買い受けたもので、販売委託を受けていたものではない。

3  (被告の仮定抗弁に対する反論)

(一) 本件スーツの代物弁済は興人の義務に属さないものであり、また、被告の売買代金債権の弁済期の前にされたものであり、破産法七二条四号の非本旨弁済としても否認されうるものである。被告の仮定抗弁の主張が故意否認に関し相当することは認めるが、原告主張の右否認においては妥当しない。

(二) 興人は、有限会社デュオ(以下「デュオ」という)に対し、本件スーツのうち、五〇着を転売し、引き渡した。更に、残りの三六着のうち、三着も第三者に引き渡されたことが窺われる。これらについては、興人から第三者に引き渡された時点で、動産の先取特権は消滅したものである(我妻栄「新訂担保物件法」九三頁、九九頁)。第三者に引き渡された後、債務者の下に当該動産が戻ったら再び先取特権の対象となるとの趣旨の解釈は妥当ではない。

(三) 仮に右各主張のとおりでないとしても、本件スーツのうち、五〇着は、興人からデュオに売却、引き渡され、代金も興人が手形で受領しているものを、被告は、興人の手形不渡を知って、興人の従業員を強引に指導して、先取特権の対象とすべく興人とデュオの売買を合意解除して五〇着の本件スーツを引き上げて代物弁済を受けたものである。したがって、被告は、興人の支払停止後、その事情を知って動産売買の先取特権を取得したものであり、興人は債権者間の公平を破って、被告にのみ担保の供与をしたと評価できるものであり、それ自体が破産法七二条二号及び四号の否認の対象となる。このように先取特権自体が否認されることで、それに基づく右代物弁済も当然否認されるべきものとなる。

残りの三六着のうち、三着も第三者に引き渡されていたと解され、右と同様である。

三  被告の主張

1  被告は、興人に対し、同年七月二七日に五一着、同月二八日に五五着の合計一〇六着のジョルジオ・アルマーニのスーツを引渡し、このうちの八六着が本件スーツである(七月二七日分のうちの三一着と二八日分のもの)。右被告と興人との取引は、委託販売契約によるものであり、被告が所有権を留保して委託販売商品として興人に納品していたものである。

本件スーツのうち、五〇着は、興人からデュオに再委託されていたもので、三六着は、興人になお存在したものであり(うち三着は興人から再委託されていた可能性もある)、被告はこれらの返還を受けたものである。

本件スーツの返還を受けたのは、同年七月三一日で、被告の所有権に基づく取戻権の行使として返還を受けたものである。

2  (仮定抗弁)

仮に、被告と原告間の取引が委託販売契約でなく、売買であり、本件スーツの返還が代物弁済に当たるとしても、本件スーツは、被告から興人に対して売り渡したものであり、被告は、本件スーツについて、動産売買の先取特権を有しており、この目的物をもって代物弁済を受けても否認権行使の対象とはならない。

なお、本件スーツのうち五〇着は、いったん興人からデュオに引き渡されたものであり、これが譲渡であったとしても、その後、債務者である興人のもとに戻ってきたものであり、被告の右先取特権の対象になるものと解すべきである。

本件スーツの価格としても、原告が被告に対し、否認権行使の意思表示をした同年一〇月一一日の時点では、流行遅れとなっており、売買当時よりも価格が低下している。

四  争点

1  被告から興人への本件スーツの引渡が、売買契約によるものか、委託販売契約によるものか(すなわち、興人から被告への返還が、代物弁済によるものか、被告の所有権に基づく取戻権によるものか)。

(以下の争点は、争点1が売買契約である場合に問題となる)

2  動産売買の先取特権の目的物を右権利者に代物弁済として譲渡した場合、危機否認の対象となるか否か。

3  本件スーツのうち、一貫して興人の占有下にあって代物弁済に供されたものはいくつか。そして、右は否認の対象となるか。

4  本件スーツのうち、いったん興人から第三者に所有権が移転し、引き渡されたものはいくつか。そして、代物弁済の際、右には先取特権が存在したか。更に、右は否認されるものか。

五  証拠(省略)

第三  争点に対する判断

一  争点1(被告から興人への本件スーツの引渡が、売買契約によるものか、委託販売契約によるものか)について

1  右争点につき、原告は通常の売買契約(すなわち、代金は未払であるが被告からの所有権に基づく取戻ということはない)を主張し、被告は、委託販売契約(すなわち、被告に所有権が残存しているので取戻権があり、そもそも否認の問題とならない)を主張し、対立している。

2  固有の売買契約と委託販売契約とは、概念的には、次のように区別されるものと解される。すなわち、委託販売契約とは、委託者と受託者との間において、委託者が受託者に商品を供給し、受託者は、自己の名において第三者との売買等の取引をするが、右第三者との取引は委託者の計算においてされ(あくまで委託契約の範疇に属する)、受託者は委託者からの手数料等の報酬を取得することを合意内容とする契約であると解される。他方、右との対比において、固有の売買契約をみると、売主・買主間に委託関係等は存在せず(したがって手数料等の支払関係はない)、買主は専ら自己の名をもって、かつ、自己の計算において、更に第三者へと取引をするものである。

3  そこで、検討するに、証拠(被告代表者、証人〓井、丙二ないし四、六ないし八、いずれも枝番号も含む)によれば、平成二年七月二七日に五一着、同月二八日に五五着のアルマーニのスーツが被告から興人に引き渡されたこと、右取引に関する被告から興人宛の伝票で、複写式の売上伝票、請求書、物品受領書が被告の手元に残存しており、これには「SAMPLE」とゴム印によるものと解される表示(以下「サンプル表示」という)があること、本件スーツが興人から被告に返還されたとされる興人から被告に対する証人〓井作成の伝票には、摘要欄に「委託分返品」と記載されているもの(丙六の1、2)と、赤字で記載されているもの(丙七の1、2)があること、被告代表者及び興人の元従業員で被告との取引を担当していた証人〓井は、右取引を委託販売であったと供述していること、興人から更に本件スーツの引渡を受けた名古屋市に所在のデュオの担当者であった林の報告書には、興人とデュオとの取引も委託販売であったとの記載があることなどが認められる。

4  しかし他方、被告の主張としては、右サンプル表示の点以外に特段の主張がみられないことに加え、被告代表者及び証人〓井によれば、右商品はサンプルとして引き渡されるが、売買が成立したときにそれがそのまま正規の商品となる趣旨と解されるところ、「サンプル」のもつ意味において、サンプル表示が販売の委託であることの証しであるというには、表示自体から自明といえる類のものではないと解されるが、右につき、説得力のある説明はされていない。

また、被告の伝票は四枚複写式であり(被告代表者)、前記丙号証以外に複写されたものの一枚が興人に存在し、被告の主張によれば、これにもサンプル表示があるはずであるが、弁論の全趣旨によれば、原告の管理物の中にみあたらないことが認められ、サンプル表示が原告、被告双方で保管する書面に共通の記載であるとまでは確認できなかった。

証人〓井は、興人の従業員で被告との取引を担当していたが、本件では、興人に残っていた本件スーツを被告に返還するのに関与したほか、興人の取引先(名古屋)やそのまた取引先(東京)に転々と流れていた本件スーツにつき、被告の要請を受けて、奔走し、回収して被告に引き渡していること、そして、興人の倒産後は、被告代表者の関係先に再就職を得ていること(被告代表者、同証人)、証人〓井作成の右3記載の伝票(丙六、七)については、平成二年七月三一日作成とするが、伝票番号が「001512」「001513」であるところ、興人における同じ伝票綴りの中から作成されたと認められる丙一の1ないし8の伝票番号が「001501」ないし「001508」で平成二年八月一日付けであるのと矛盾していること(右書証のほか、証人落合)、被告作成の返品を受けたとの趣旨の伝票(甲一五)は、数量に若干のずれはあるがその趣旨から右の丙六に対応するものと解されるところ、同年八月三日付けになっており、また、丙七にいう五〇着についても、少なくとも一部は七月三一日より後に返還されたことは、証人〓井、被告代表者も認める供述をしていることなどに照らせば、丙六、七(枝番号含む)の各伝票の記載内容は到底信用できず、右〓井の証言及び丙六、七の伝票の記載及び体裁から、直ちに委託販売契約であったと認めることはできない。

デュオの林の報告書は、弁論の全趣旨によれば、被告で作成して送付し、林が署名だけして返送したものであり、同人を証人として採用したが出頭が得られなかったことなども考慮すれば、右内容を全面的に採用することはできない。かえって、興人からデュオに対する本件スーツ五〇着の引渡に対して、デュオから興人に対し、代金額に見合う手形が振出、交付されているのであり(証人落合、同〓井)、これらからすれば、むしろ、興人とデュオの間も売買であったものと推認される。この点、〓井は、右は同人が依頼した融通手形で、本件スーツは担保であったなどと弁解するが、一営業社員の〓井の行動として不自然で、その経緯についても納得のいく説明はない。

証人〓井は、他方で、後記のテスターウォーモに売却された二〇着については、通常の売買であったことを認める供述をしている。

また、右一〇六着から本件スーツ八六着を除いた二〇着のアルマーニのスーツは、同年七月二七日に株式会社テスターウォーモに売却されており、このため、サンプル表示のない正規の丙五の伝票が作成されたとする(証人〓井、被告代表者)が、そもそも丙五は、七月二七日付けで番号が「001041」であり、前記同月二八日付けの丙二が「001024」であり、矛盾している。被告は別の伝票綴りから作成された旨主張するが、右伝票の欄外の印刷をみると「4×50×50」と記載されており、これは、四枚複写で50部が一冊綴りとなっていることを表している可能性が高く、五〇番区切りでいくと右各伝票は同一綴りの可能性が高い。この点、被告において立証は容易なはずのところ、何ら立証がされていない。

5  更に、本件全証拠によっても、委託販売契約のひとつの重要な指標と解される販売委託の手数料等の定めにつき、被告と興人の間でこれがあったことを窺わせる事情は認められない。

また、被告代表者の供述による金額決定の方式をみると、むしろ、販売数量から被告と興人の間の金額が決まり、興人がいくらで売るかにつき、被告が指図し、決定する実情にはなく、興人が販売できた金額と、被告と興人の間で決定される右金額との差額が興人の収入となる仕組みになっていることが窺えるのであり、右は、興人と第三者の取引が被告の計算でされる仕組みになっておらず、興人の計算で行われるものであるものと推認され、そうすると右は委託販売契約ではありえず、まさに、興人と被告の間が売買であることを強く推認させるものである。

次に、興人から被告に返品できる仕組みになっているかどうかについてであるが(返品特約付き売買契約もありうるので決定的な区別の指標ではないが)、これも認めるに足りる証拠はない。本件証拠(特に証人〓井)によれば、本件スーツの返還も興人からの要請ではなく、被告の要請によるものであったと認められる。

証人〓井、同落合及び弁論の全趣旨によれば、本件スーツは有名ブランドの人気商品であり、当時もバブル経済の崩壊前で短期間で売れており、いわゆる売れ筋商品であったことが認められる。そして、既に判決ずみの相被告株式会社ジュバンスの代表者の供述によれば、同社も同様のアルマーニの商品を扱っているが、セールがある時や売れずに処分するときには委託販売をすることもなくはないが、通常は買取が主であり、右の例外的な場合以外は委託販売はしない性質の商品であることが認められる。

6  以上によれば、前記3の事情はあるものの、右4及び5の事情に照らせば、被告から興人への本件スーツの取引は委託販売契約に基づくものとは認められず、むしろ、通常の売買契約によるものと推認される。

そうすると、本件の法律的評価としては、原告主張のとおり、興人に対して売掛債権を有する被告が本件スーツによる代物弁済を受けた事案であることになる。委託販売契約であることを前提に、被告に本件スーツの所有権があって取戻権の行使として返還を受けたとする被告の主張は、前提を欠くものであって採用できない。

二  争点2(動産売買の先取特権の目的物を右権利者に代物弁済として譲渡した場合、危機否認の対象となるか否か)について

前判示のとおり、本件スーツは、もともと、被告から興人に対して売り渡したものであり、この代金が未払のところ、本件スーツがその代物弁済として被告に引き渡されたものであり、本件スーツにつき、動産売買の先取特権が成立しているとすれば、一定の要件を備えれば、右代物弁済は、他の破産債権者を害する行為にあたらないとして、否認できないともの解される(最高裁昭和四一年四月一四日第一小法廷判決・民集二〇巻四号六一一頁等参照)。

原告は、右最高裁判決等は、いずれも破産法七二条一号の故意否認についてのもので、本件危機否認の主張にはあてはまらない旨主張する。しかし、右判示に照らせば、同判決の示す一定要件を満たす限り先取特権目的物をもってする代物弁済は、有害性を欠くという趣旨であって、このことは、故意否認であると危機否認であるとを問わないものと解される。原告の右主張は独自の見解であり、採用できない。

そこで、本件における否認の可否は、否認の各条文固有の要件のほか、本件スーツに先取特権があるのか、そして、右判例の示す要件を満たすのかという点にかかってくる。

三  争点3(本件スーツのうち、一貫して興人の占有下にあって代物弁済に供されたものはいくつか。右は否認の対象となるか)について

本件スーツ八六着は、前判示のとおり、被告から興人に引き渡されたものである。そして、そのうち、五〇着は、興人からデュオに売り渡され、引き渡されたものである(前判示、特に一4参照)。更に、残りの三六着は興人の従業員である安藤から被告に返却されたことが認められるが(被告代表者、証人〓井、同落合)、甲一五に三三着の返還があった旨の記載があることから、原告も被告も食い違う三着分については、興人から第三者に引き渡されていた可能性があることを認めている。しかし、この三着分の所有権が第三者に移転され、引き渡されたことは疑いの域を出ず、これを認めるに足りる証拠はない。そうすると、興人が引渡を受けて被告に返還するまでの間、興人が所有、占有していたことが推認されるものというべきである。そして、証拠(証人〓井、同落合、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、右三三着は、興人の所有、占有下にあって、それが被告に引き渡されたものであることを認めることができる。

よって、本件スーツのうち、右合計三六着については、売買後、興人の所有、占有下にあり、したがって、被告の動産売買の先取特権が成立、存在しており、これが右売買の代金債権への代物弁済に供されたことが認められる。

そして、証拠(丙二ないし四・枝番号含む、被告代表者、証人〓井)及び弁論の全趣旨によれば、売買当時の本件スーツの単価は一二万五〇〇〇円であり、右代物弁済当時、本件スーツの価格が右よりも増加していることはないものと認められるので、右三六着の本件スーツの代物弁済によっては、他の破産債権者を害する行為にあたらないものと解される。

そうすると、右三六着については、右代物弁済が有害性という否認の一般的要件を欠くことにより、破産法七二条一号、二号、四号の否認をいう原告の主張は理由がないものと解する(前記最高裁判決及び右二の判示参照)。

四  争点4(本件スーツのうち、いったん興人から第三者に所有権が移転し、引き渡されたものはいくつか。そして、代物弁済の際、右には先取特権が存在したか。更に、右は否認されるものか)について

1  前判示の事実並びに証人〓井、同落合、丙八、甲一四及び弁論の全趣旨によれば、被告から興人への本件スーツの売買は、平成二年二月二七日及び二八日にされ、それぞれ同日に引き渡されたこと、代金の決済は、毎月二〇日に締切り、翌月の一〇日に支払うことになっていること(よって、右売買代金の弁済期は、同年九月一〇日である)、興人はデュオに対し、同年七月二八日ないし二九日ころ、本件スーツ五〇着を売り渡し(右証拠中、委託販売契約であったとする部分が採用できないことは既に判示のとおり)、引き渡したこと、この代金の支払として額面合計五五〇万円の二通の約束手形がデュオから興人に振出、交付されたこと、興人は、資金繰が逼迫し、同月三一日が支払期日の手形、小切手の決済ができず、第一回目の不渡を出したこと、平成二年八月一日には興人の落合が主要な債権者を回って不渡の事実を告げ、手形支払の猶予などを求めて回り、また、興人が不渡を出したことを知った債権者の中には債権回収に乗り出す構えもみせるなどの状況に陥っていたこと(右によれば、遅くとも八月一日の午前中の時点では支払停止状態にあったものと推認できる)、同日午後には既に判決ずみの相被告株式会社ポーラルートの代表者木村、被告代表者と相次いで興人を訪れ、落合は被告代表者にも不渡を出したことを説明したが同人は既に知っていたこと、被告から本件スーツの返還の要請があり、〓井はこれを受けてデュオに連絡をとり、八月三日にはデュオがある名古屋に出向いたこと、被告代表者もデュオに連絡をとり、担当者を派遣するなどして回収に努めたこと、デュオに本件スーツの大半は残っていたが、一部は東京の業者等に更に転々と引き渡されていたこと、しかし、回収に成功し、同年八月三日ないし五日ころ、デュオから被告に直送する形で五〇着を回収したこと(七月三一日に五〇着及び三六着の返品があったかのような〓井作成の丙六、七が信用できないことは前判示のとおり。なお被告代表者も七月三一日に回収したことは確認していないとし、丙八のデュオの林の報告書でも八月五日に被告に引き取ってもらったとしている)、デュオの振り出した右手形を返却したのは八月になってからであること、他方、興人にあった本件スーツのうち、三六着については八月三日に興人から被告に引き渡されたことなどの事実が認められる。

2  以上の事実は、要するに、本件スーツのうち五〇着がデュオに転売され、引き渡されたのであるが、その後、興人が手形の不渡を出し、支払停止に陥ったことを知った被告代表者が、興人の〓井に対して本件スーツの回収を要請し、被告も尽力して作業を進め、〓井が、デュオとの売買契約を合意解除し、更にはデュオから先へ更に転々と引き渡されていた本件スーツの一部につき、第三者間の法律関係をも解消させて、本件スーツを返還し、被告の興人への右売買代金の回収に充てられたものである。

民法三三三条によれば、右デュオに転売、引き渡されたことにより、被告は、本件スーツのうち五〇着につき動産売買の先取特権を行使することができなくなったものである(代金債権への物上代位はありうる)。しかし、民法三三三条の解釈としては、第三者に譲渡、引渡されたことで当該動産に対する先取特権が消滅すると解する説と、消滅するのではなく、右のように債務者が再びその動産の占有を回復したときは先取特権を行使できると解する説がみられる。

そこで、検討するに、〈1〉後者の説をとるとしても、被告としては、本件スーツの占有が興人に回復されない限り、先取特権は行使できない、〈2〉右回復を強制する被告の権利は想定しがたい、〈3〉デュオに債務不履行でもない限り、興人としても有効に成立しているデュオとの契約関係を一方的に否定する権利も義務も考えがたい、〈4〉そうすると、興人とデュオとその先の転得者との任意的、自主的な合意解除が右回復実現の手段であると認められる、〈5〉右交渉は、被告の協力もあったが、興人の〓井が、専ら被告の先取特権を回復させるために行ったことが推認される、〈6〉右は、当然のことながら、興人の義務に属することではない、〈7〉先取特権は法定担保物権であるが、デュオとの合意解除という行為がすなわち興人の占有回復、被告の先取特権の回復ということを意味し、合意解除にこぎつけることは、右判示に照らせば、実質的には、義務がないのに被告に対して担保を供与する結果となるに等しい、以上の事情に鑑みれば、右の経過で被告の先取特権を回復させることは、破産法七二条四号本文の趣旨に合致し、他方、同号ただし書の事実については認めるに足りる証拠はない。そうすると、民法三三三条の解釈で、債務者の譲渡及び占有喪失で先取特権は消滅してしまい、復活することはないと解するなら当然のこと、消滅はせず、債務者の占有回復で先取特権の行使が可能となるとの解釈をとるとしても、破産法七二条四号の趣旨により、デュオとの合意解除=興人の占有回復=被告の先取特権回復という効力は否定されるべきものと解される。右のような先取特権の回復を許すことは、破産者、その転得者、更にその転々取得者間の有効に形成された契約関係を次々と破壊して動産の追及をし、自力救済をすることを広く許容することになり、秩序ある公平な清算手続を旨とする破産法の趣旨に照らせば、許容される限度を超えているものと解される。そうすると、本件においてデュオから回収された本件スーツ五〇着について被告が代物弁済を受けたことは、先取特権に裏打ちされた有害性のない行為であるとはいえないことになる。そこで、右代物弁済について、有害性以外の否認の要件をみるに、右判示のとおり、支払停止後の代物弁済であり、事前に代物弁済の約定があったとは認められず、被告の債権の弁済期は同年九月一〇日で、代物弁済時点では未だ弁済期が未到来であり(前判示、非本旨代物弁済)、破産法七二条四号本文に該当することは明らかである。そして、同号ただし書の事実については主張がない(念のため検討しても右抗弁事実を認めるに足りる証拠はない)。

3  以上のとおり、デュオから回収した本件スーツ五〇着による代物弁済は、結局、破産法七二条四号により否認を免れないと解する(その余の否認類型については検討するまでもない)。

五  以上判示のとおり、本件スーツ八六着のうち、三六着分については、原告の否認の主張は理由がないが、五〇着分については、否認を免れないと解する。

そこで、弁論の全趣旨によれば、右本件スーツは、代物弁済後、いずれも被告において処分され、占有しないものと認められる。よって、原告は価額による償還を受けることができる。

償還すべき価額については、被告において、時間の経過による本件スーツの価値の低下を主張し、その限りでは原告も争うものではなく、弁論の全趣旨によっても、本件代物弁済行為時、被告による処分時(特定はされていない)、否認権行使時等で価額の変動があることも予想される。しかしながら、前認定のとおり、当初の売買時点での単価が一二万五〇〇〇円であることは証拠上認められるものの、その後の変動については、的確な主張、立証がない。よって、特段の事情が認められないので、本件証拠からは、賠償されるべき価額も右金額と認定せざるをえない。よって、五〇着の合計価額は六二五万円となる。なお、被告は代物弁済により取得して後の商事法定利率の遅延損害金を付すべきところ、原告は、取得後であることが明らかな平成二年一〇月一七日以後の遅延損害金の支払を求めているので正当である。

六  結局、原告の請求は、金六二五万円及びこれに対する平成二年一〇月一七日から支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余の請求は理由がないので棄却する(平成五年一二月一七日弁論終結)。

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